福山城は、広島県福山市の中心部、JR福山駅のすぐ北側に建つ名城です。新幹線のホームから天守を間近に望める城としても知られ、歴史ある城郭でありながら、現在のまちの風景にも自然に溶け込んでいます。本記事では、福山城の歴史、構造の特徴、見どころ、アクセス方法、そして周辺の観光スポットまでを詳しく紹介します。
福山城の歴史
福山城の創建
福山城は、1622年(元和8年)に水野勝成によって築かれました。勝成は徳川家康のいとことされる人物で、大坂の陣ののち、元和5年(1619年)に備後10万石の領主として入封しました。その配置には、毛利・浅野・池田といった西国の外様大名を押さえ、山陽道と瀬戸内海の海路ににらみを利かせるという幕府の狙いがあったと伝わります。城の建設は城下町の整備とともに進められ、福山城は備後地方の政治・経済の中心地として発展していきました。
江戸時代の福山城
水野家は5代続いたのち、元禄11年(1698年)に5代・勝岑(かつみね)が夭折して改易となりました。その後、福山藩領は一時的に幕府領となり、元禄13年(1700年)に松平(奥平松平)忠雅が入封しますが、宝永7年(1710年)に桑名へ転封となります。そして同じ宝永7年に阿部正邦が入封し、以後、阿部家が幕末まで福山藩を治めました。
特に、阿部家7代藩主の阿部正弘は、文武一体の教育を進め、江戸と福山に藩校「誠之館(せいしかん)」を設けました。江戸では1854年(嘉永7年)、福山では1855年(安政2年)に開校し、国学・洋学・医学・数学・兵学などを学科に取り入れた教育が行われたとされています。正弘は、黒船来航に対応した老中首座としても知られる人物です。
明治以降の福山城
明治6年(1873年)の廃城令により、福山城は大蔵省の所管となり、多くの建物が払い下げ・取り壊しの対象となりました。翌明治7年(1874年)には地元の請願によって、天守・筋鉄御門・伏見櫓・御湯殿・鐘櫓などが残されましたが、昭和20年(1945年)の福山大空襲で天守や御湯殿などを焼失しました。
その後、1966年(昭和41年)に福山市制施行50周年の記念事業として、天守が鉄筋コンクリート構造で再建されました。現在、再建された天守は福山市立福山城博物館として利用され、福山市のシンボルとして親しまれています。このように、福山城はその歴史を通じて多くの変遷を経ながら、今もその姿をとどめています。
福山城の特徴と構造

福山城の天守
現在の福山城の天守は、複合式・層塔型の五重六階地下一階で、東南隅に二重三階の附櫓(小天守)を接合した姿が特徴です。再建された天守は鉄筋コンクリート造ですが、外観は伝統的な日本建築の様式を再現しています。とりわけ、令和4年(2022年)の外観復元整備でよみがえった天守北面の鉄板張りは、風雨への備えとともに、天守が城郭の北側に寄っているため外部から直接攻撃されることを想定した防御の工夫とされています。全国の天守の中でも極めて特殊な特徴で、福山城ならではの見どころです。
天守の最上階からは、福山市街を広く見渡すことができます。駅に近い立地ならではの眺めも魅力で、城と市街地が一体となった福山らしい風景を楽しめます。また、福山城は日本100名城にも選定されており、その歴史と美しさで多くの人々に親しまれています。
内部展示と歴史資料
天守の内部は博物館として利用されており、福山城や福山藩にまつわる資料が展示されています。江戸時代の古文書や武具、絵図などを通じて、城の歴史や城下町の歩みをより深く知ることができます。展示内容は時期によって入れ替わることがあるため、見学の際は最新の情報を確認すると安心です。
石垣の見どころ
福山城を歩く際は、天守だけでなく石垣にも注目したいところです。石垣の隅(隅角)には、長い石と短い石を交互に組み上げる「算木積み(さんぎづみ)」の技法が見られ、城郭の防御力と美しさを支える工夫を感じることができます。算木積みは隅角の強度を高める技法で、慶長期以降に発展したと伝わります。現在も本丸・二の丸を中心に、築城当時の石組みを間近で見ることができます。
なお堀については、城の北側で堀を兼ねていた吉津川を除き、明治期以降に順次埋め立てられ、現在ではそのほとんどが市街地となっています。
福山城の見どころ
天守からの展望
福山城の天守からは、福山市街や瀬戸内海を一望することができます。特に夕暮れ時には美しい眺めが広がり、季節ごとに表情を変える風景も魅力のひとつです。駅のすぐ近くにありながら、城と市街地が一体となった福山ならではの眺めを楽しめます。
伏見櫓と筋鉄御門
福山城を訪れたら、天守だけでなく伏見櫓(ふしみやぐら)と筋鉄御門(すじがねごもん)にも注目したいところです。いずれも福山城に現存する貴重な建築で、国の重要文化財に指定されています。伏見櫓は京都の伏見城から移築されたと伝わり、白壁の美しい外観からは、江戸時代初期の城郭建築の風格を感じることができます。
福山城公園
福山城を囲む福山城公園は、市民の憩いの場として親しまれています。桜の名所としても知られ、例年3月下旬から4月上旬ごろに、ソメイヨシノなど約300本とされる桜が見頃を迎えます。天守と桜をいっしょに楽しめる、春の福山城ならではの風景です。園内には散策路も整備されており、ゆっくりと自然や歴史を味わうことができます。
イベントと催し物
福山城では、年間を通じてさまざまな催しが行われています。春には桜の時期に合わせたイベントやライトアップが行われることがあり、天守と桜をいっしょに楽しめる季節として人気があります。博物館では企画展や関連イベントも開催されるため、訪問前には公式サイトで最新情報を確認すると安心です。
福山城へのアクセス
電車でのアクセス
福山城は、JR福山駅の北側すぐの場所にあり、駅から徒歩数分でアクセスできます。新幹線も停車する福山駅は、広島や岡山方面からの便もよく、東京・大阪からも新幹線で快適に訪れることができます。駅のホームや北口からは天守を間近に望むことができ、初めての方でも迷わずたどり着けます。
車でのアクセス
車で訪れる場合は、山陽自動車道の福山東ICから市街地方面へ向かいます。城周辺には有料駐車場が複数ありますが、料金や混雑状況は施設や時期によって異なります。観光シーズンには駐車場が混み合うことがあるため、公共交通機関の利用もあわせて検討すると安心です。
福山城周辺の観光スポット
鞆の浦(とものうら)
鞆の浦は、福山城から車でおよそ30分の距離にある港町です。江戸時代からの歴史が色濃く残る町並みは、映画やドラマのロケ地としても知られています。美しい風景と古い街並みが魅力で、歴史的な建物や寺院を巡りながら散策を楽しむことができます。
みろくの里
みろくの里は、福山市郊外にある大型レジャー施設です。広い敷地内にはアトラクションが多数あり、家族連れに人気です。レストランやショップも充実しているため、食事やお土産選びも楽しめます。福山市内から車でおよそ30分とアクセスもよく、自然と遊びを満喫できるスポットです。
福山市立美術館
福山市立美術館は、近現代の美術を中心に紹介する美術館です。地元ゆかりの作家の作品から国内外の作品まで、さまざまな企画展が開催されています。館内にはカフェも併設されており、城めぐりの合間にゆったりとした時間を過ごすことができます。
城めぐりの記念やギフトに「文字のお城のしおり」
福山城をはじめとする名城めぐりの記念や、お城好きの方へのちょっとした贈り物には、城の魅力を一文に込めた「文字のお城のしおり」がおすすめです。読書のおともとして、また旅の思い出として、さりげなく城への愛着を感じられる一枚です。
よくある質問(FAQ)
福山城は誰が築いた城ですか?
福山城は水野勝成によって築かれました。勝成は徳川家康のいとことされる人物で、1619年(元和5年)に備後10万石の領主として入封し、城は1622年(元和8年)に完成しました。
福山城の天守の中には何がありますか?
再建された天守の内部は、福山市立福山城博物館として利用されています。福山城や福山藩にまつわる古文書・武具・絵図などの資料が展示されており、城の歴史を学ぶことができます。
福山城へのアクセス方法は?
福山城はJR福山駅の北側すぐにあり、駅から徒歩数分でアクセスできます。新幹線も停車するため、広島・岡山方面や、東京・大阪方面からも訪れやすい立地です。
福山城の天守の北面が鉄板張りなのはなぜですか?
天守北面の鉄板張りは、風雨への備えとともに、天守が城郭の北側に寄っているため、外部から直接攻撃されることを想定した防御の工夫とされています。全国の天守の中でも極めて特殊な特徴で、令和4年(2022年)の外観復元整備でよみがえりました。
福山城のまとめ
福山城は、豊かな歴史と美しい天守を誇る広島県福山市の象徴です。水野勝成による創建から、阿部家による江戸時代の発展、そして戦災と再建を経た現在に至るまで、多くの人々に愛され続けてきました。天守からの展望や、伏見櫓・筋鉄御門といった現存の重要文化財、城周辺の自然や年間の催しなど、見どころが満載です。アクセスも良好で、鞆の浦や美術館など周辺の観光スポットも充実しています。この記事が、福山城を訪れる際の参考になれば幸いです。
そして、城めぐりの記念やお城好きへの贈り物には「文字のお城のしおり」を、ぜひあわせてどうぞ。


