「ぶちたいぎい」と言われて、固まったことはないでしょうか。
褒められたのか、怒られたのか、体調が悪いのか。広島の人はごく普通の顔でこれを言うので、判断がつきません。正解は「すごくだるい」。それだけのことなのですが、標準語に一語で置き換わる言葉がないので、聞いた側はしばらく宙に浮きます。
広島弁には、こういう「訳せない言葉」がいくつもあります。この記事では、意味と、それ以上に大事な「使う距離感」を並べていきます。旅の前に読んでも、広島出身の誰かの言葉が気になって調べに来た人が読んでも、たぶん役に立ちます。
広島弁は「怖い」のか
先に、この話を片づけておきます。
広島弁のイメージは、長く映画に引っぱられてきました。任侠映画の語気の強い広島弁が全国に広まり、「広島の人は怖い」という印象が独り歩きした側面があります。実際に街で耳を澄ませてみると、話は違います。
語尾の「〜じゃけぇね」は、強い「じゃけぇ」に「ね」がついて角が丸くなる。「〜しんさい」は命令形のようでいて、実際には「〜しなね」くらいの柔らかさで使われます。「まあ、座りんさい」と言われたときの温度は、ほとんど歓待です。
怖いのは、怒っているときの広島弁です。それは全国どこの言葉でも同じ話でしょう。
訳しにくい広島弁:まずこの4つ
たいぎい
広島弁の代表格にして、最難関。「だるい」「面倒くさい」「気が進まない」が溶け合った状態を指します。古語の「大儀」から来ているとされ、殿様が「大儀であった」と言うあの大儀です。
体のだるさにも、気の進まなさにも使えるのが「たいぎい」です。熱があってしんどいときにも、単に気が乗らないときにも出る。元気そうに見える人が、行きたくない用事を前に「たいぎいけぇ、やめとくわ」と言うこともあります。
強調したいときは頭に「ぶち」をつけて「ぶちたいぎい」。この「ぶち」は「とても」「めちゃくちゃ」にあたる強調語です。世代や地域によっては「ばり」も使われます。
たう/たわん
「届く」「届かない」。主に、手や足が物に届く場面で使われます。
「たう?」「たわん」——棚の上のものを取ろうとしている二人の会話が、これで完結します。標準語だと「届く?」「届かない」の四音対六音が、広島弁では二音対三音になる。この短さは、方言の効率のよさをよく表しています。
はぶてる
「すねる」「ふてくされる」に近い言葉です。「怒る」というより、気分を害してそれが態度に出ている様子を指すことが多い。
「あの子、はぶてとるよ」。この一言に含まれる、咎めきらない距離感が、標準語に置き換えると落ちてしまいます。
いたしい
難しい、扱いにくい、厄介だ。「この問題はいたしい」のように使います。似た意味の「やねこい」もありますが、どちらも地域や世代によっては、あまり使わない人もいます。
日常会話に出てくる広島弁
意味だけ並べても、言葉は身につきません。会話のかたちで見たほうが早いので、使用頻度の高いものを場面ごとに置いていきます。
語尾・あいづち
「〜じゃけぇ」=〜だから。広島弁の看板です。県東部では「〜じゃけん」も聞かれます。
「〜しよる」と「〜しとる」の使い分けは、地味ですが重要です。「何しよるん?」は今まさにやっている最中のこと。「何しとるん?」はすでにその状態が続いていること。広島の人はこれを無意識に分けています。
「ほいじゃあね」=じゃあね。別れ際の定番です。
動詞
「いらう」=触る。「そこいらわんといて」
「なおす」=片づける。ここは誤解の名所で、「なおしといて」と言われ、修理道具を探したくなる県外の人もいます。
「みてる」=なくなる。「醤油がみてた」
「いぬる」=帰る。「もう、いぬるわ」
状態
「えらい」=疲れた。関西の「えらい(とても)」とは別物なので、ここも取り違えが起きます。
「みやすい」=簡単。「そがいなん、みやすいよ」
「わや」=めちゃくちゃ。もとは「部屋がわやになる」のような否定的な使い方でしたが、近ごろは「わや美味しい」のように、規格外のすごさを表す使い方も出てきています。
広島弁はひとつではない:安芸弁と備後弁
県内でくくると見落とすものがあります。広島県の言葉は、大きく西と東で分かれます。
西の広島市を中心とした地域が安芸弁、東の福山市を中心とした地域が備後弁。大まかな傾向として、広島市周辺では「じゃけぇ」、県東部では「じゃけん」が聞かれます。ただし境界がきれいに引けるわけではなく、地域・世代・家庭で重なります。備後は岡山に隣接しているぶん、岡山方言の影響も受けています。
県内でも、地域や世代によって「聞いたこともない」という単語が普通に出てきます。広島出身の人に方言の話を振ると、当人が知らない語彙が飛び出して驚く、というのはよくある光景です。
旅先で広島弁が聞こえてくる場所
方言は、その土地の暮らしから離れて存在しません。広島の言葉を耳にする場所を、いくつか。
広島市中心部
太田川がつくったデルタの上に街があります。1589年、毛利輝元がこの地に広島城の築城を始め、「広島」という地名もこの頃に生まれたとされます。城下町として整備された市街地が、今の中心部の骨格です。
広島城の天守は1945年8月6日の原爆で倒壊し、1958年に鉄筋コンクリート造で外観が復元されました。この復元天守も、コンクリートの劣化や設備の老朽化を理由に、2026年3月22日をもって閉城しています。内部の見学はできません。ただし天守の外観は引き続き鑑賞でき、二の丸の復元建物や三の丸エリアも利用できます。訪ねる前に、公式サイトで最新の状況を確認してください。
宮島と厳島神社
海上に立つ朱の大鳥居で知られる厳島神社は、世界遺産に登録されています。潮の満ち引きで景色がまるごと変わるので、訪れる時間帯によって別の場所に来たように見えます。潮見表を先に調べておくと、見たい景色に当てられます。
鞆の浦(福山市)

備後の港町。江戸時代の港湾施設が今も残り、常夜燈の立つ港の風景は映画やドラマの舞台にもなってきました。このあたりで聞こえるのは、安芸弁ではなく備後弁です。
平和記念公園

1945年8月6日、広島市は世界で初めて原子爆弾の被害を受けました。平和記念公園と平和記念資料館は、その記憶を伝える場所です。
毎年8月6日の夕刻には、元安川で「とうろう流し」が行われます。これは祭りではありません。戦後まもなく、原爆で家族を失った遺族たちが手作りのとうろうを川に流したのが始まりとされる、慰霊の行事です。今では国内外から訪れた人も平和への言葉を書き添え、市内の川に多くのとうろうが流されます。年によっては約1万個にのぼります。
食事の場で聞こえる広島弁
方言がいちばん自然に飛んでくるのは、たいてい食べ物屋のカウンターです。「食べてみんさい」「ぶちうまいじゃろ?」「そがぁに辛うないよ」。せっかくなので、言われる側の予習として。

お好み焼きは、キャベツ・そば・卵を層に重ねて焼く広島のスタイル。生地と具材を混ぜず、重ねながら焼くのが大きな特徴です。
牡蠣は広島県が全国有数の産地で、国内生産の半分以上を占める年もあります。一般に冬が旬とされ、とくに身が充実する1〜2月ごろによく味わわれます。近年は夏に出回るブランド牡蠣もあります。
レモンも国内生産量で全国一位。牡蠣にそのまま絞れます。
もみじ饅頭は宮島の定番。現地では、焼きたてを味わえる店もあります。
言葉を、一枚持って帰る
旅から帰ってしばらく経つと、風景の記憶は先に薄れます。残るのは、たいてい言葉のほうです。店の人の「ぶちうまいじゃろ?」や、宮島で通りすがりに聞こえた「たいぎいねぇ」。写真には写らないのに、はっきり残る。
「ぶち広島じゃけん。」は、その一言をそのまま本に挟んでおける一枚です。言葉がフォントごと紙から切り取られていて、ページのあいだを光が細い線で抜けていきます。「ぶち」も「じゃけん」も、ここまで読んだ人にはもう意味のわかる言葉のはずです。
ちなみに、この「じゃけん」。広島県東部の備後地域で比較的よく聞かれる言い方で、県内できれいに分かれるわけではありません。それが県外へはひとまとめに「広島弁」として届いている——言葉が旅をした跡のようで、面白いところです。

あわせて贈りたい
広島の人への手みやげにも、県外へ出た広島出身の誰かへの贈り物にも向きます。他県の言葉も見たい場合は文字の47都道府県のしおりから。城好きな相手には、文字のお城のしおり「広島城」もあります。
公式サイト(一次情報)
よくある質問(FAQ)
Q. 広島でよく使われる方言は何ですか?
代表的なのは、語尾の「〜じゃけぇ」(〜だから)や、「たいぎい」(だるい・面倒くさい)です。地域や世代によって使う言葉は異なりますが、「たいぎい」は日常会話に残っている広島弁としてよく挙げられます。
Q. 広島弁と備後弁は違うのですか?
同じ広島県内でも、広島市を中心とした西側が安芸弁、福山市を中心とした東側が備後弁と区別されます。大まかな傾向として「〜じゃけぇ」(安芸)と「〜じゃけん」(備後)のように語尾が変わりますが、境界は明確ではなく重なります。備後は隣接する岡山方言の影響も受けています。
Q. 広島城の天守閣に入れますか?
広島城の天守は、コンクリートの劣化や設備の老朽化などを理由に2026年3月22日をもって閉城し、内部の見学はできません(本記事作成時点)。天守の外観は引き続き鑑賞でき、二の丸の復元建物や三の丸エリアも利用できます。最新の状況は広島城公式サイトでご確認ください。
Q. 「なおす」はどういう意味ですか?
広島弁の「なおす」は「片づける」という意味です。「これ、なおしといて」は「これを片づけておいて」であり、修理を頼んでいるわけではありません。県外の人が戸惑いやすい広島弁のひとつです。
Q. 「じゃかあしい」は広島弁ですか?
「うるさい」「やかましい」という意味で、広島を含む西日本の複数の地域で聞かれる言葉です。語気がかなり強く、けんか口調や映画・創作の台詞として知られています。広島だけの方言とは言い切れず、日常会話では使わない人も少なくありません。
まとめ
「たいぎい」も「はぶてる」も、標準語に一語で置き換わりません。置き換わらないから、その土地に残っている。広島に行くなら、観光地の名前より先に、この二つを覚えていくほうが旅は面白くなります。


